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端島の豆知識

災害(台風・火災)

 海に浮かぶ端島の歴史は、台風との闘いの歴史でもありました。明治から昭和にかけて端島を襲った大型・中型の台風は9件を数えます。端島は江戸時代末期に石炭が発見されて以来、様々な人々が大掛かりな採掘を試みましたが、そのほとんどは台風で事業を失敗しています。それは1890(明治23)年に三菱社が端島炭坑を買収してからも変わることはなく、操業の危機に直面するような大きな被害に見舞われることもありました。

 その中でも1956(昭和31)年の台風9号と、1959(昭和34)年の台風14号は甚大な被害をもたらしました。台風9号では南側と西側の護岸が100メートルにわたり随所で崩壊したほか、桟橋(第1回ドルフィン可動桟橋)が流失。木造の商店街も全壊しました。また台風14号では2回目のドルフィン桟橋が破壊され、体育館も崩壊しました。

 台風に見舞われるたびに、島の人々は一致団結して後片付けを行い、復旧作業に取り組みました。人々は防波堤と護岸の両方の機能をもつ耐久性にすぐれた擁壁づくりにも力を注ぎました。

 端島では、火災も頻発しました。中でも1957(昭和32)年4月1日に起きた学校火災は大きな被害をもたらしました。出火元は端島小・中学校の木造校舎の宿直室。火は見る間に広がり、校舎と端島病院を全焼し、さらに建設中の新校舎、社宅の一部も類焼しました。消火活動は、社船「夕顔丸」などで出動した高島消防団によって懸命に行われました。
 このように人口密度の高い端島では火災がたびたび起こりやすい状況にありました。そのため、防災訓練は全島を挙げて行われました。

第1回 数字で見る端島

第2回 端島の生活① ~生活用水~

第3回 端島の生活② ~買い物事情~

第4回 端島の生活③ ~行事~

第5回 交通事情 ~夕顔丸~

第6回 学校・保育園

第7回 娯楽

第8回 子どもたちの遊び

第9回 緑いっぱいの島へ

第10回 災害(台風・火災)

第11回 鉱業所

第12回 端島の閉山とその後