ホーム > 端島を楽しむ > 端島の豆知識 > 端島の生活① ~生活用水~

端島の豆知識

端島の生活① ~生活用水~

 河川や貯水池がなく、湧き水にも乏しかった端島では、常に生活用水の確保が重要でした。昭和20年代までは、島の生活用水は製塩工場から出る蒸留水と給水船で供給されましたが、悪天候で船が欠航することもあり、貯水量が減ると、配水は飲み水や洗濯のすすぎ水などに制限され、島民たちは不便を強いられることも多々ありました。

水不足を解消するため、それまでの2隻の給水船に加え、1949(昭和24)年に「朝顔丸」が新しく投入されると、島では1日あたりの生活に必要な真水を給水できるようになりました。島の人々は、これらの給水船を「水船」と呼びました。
 水船が運んできた真水を手に入れるために必要だったのが、会社が支給した「水券」です。運ばれた真水は、山の上の貯水タンクへと送られ、毎日午前中に配水が行われました。島民たちは水券と引き換えに約20リットルの真水を手にすると、桶に入れ天秤棒で担いで、それぞれの家へと運びました。また自分で運べない人のためには「水汲みおばちゃん」と呼ばれる女性が待機しており、各家庭の水がめまで運んでくれました。

 島の人口は増加の一途をたどり、昭和30年代に入ると、住民の数は4000人を超えました。それにともない、生活用水の確保も緊急の課題となりました。そこで対岸の野母半島岳路と端島を海底水道管で結ぶという、海底水道敷設の工事が始まりました。岳路と端島間は約6.5キロメートル。これは海底水道管として世界最長の長さを誇りました。
1957(昭和32)年に島内のすべての配管工事が完了すると、各家庭では蛇口をひねるだけで自由に水が使えるようになり、島民たちの暮らしを楽にしました。

第1回 数字で見る端島

第2回 端島の生活① ~生活用水~

第3回 端島の生活② ~買い物事情~

第4回 端島の生活③ ~行事~

第5回 交通事情 ~夕顔丸~

第6回 学校・保育園

第7回 娯楽

第8回 子どもたちの遊び

第9回 緑いっぱいの島へ

第10回 災害(台風・火災)

第11回 鉱業所

第12回 端島の閉山とその後